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うつ病を早く治すために

私は今、自分がどこに立っているのか分からなくなっている。
何かをしたいという意欲も、誰かに優しくしたいという気持ちも、まるで遠くの出来事のように感じる。
それでも頭のどこかでは「早く治さなきゃ」「また動けるようにならなきゃ」と焦る自分がいる。
でも、焦れば焦るほど、心は泥沼のように沈んでいく。

思い返せば、すべての始まりは「支えたい」という気持ちだった。
大人の発達障害の特性を持つパートナーを理解したい。
少しでも楽に生きられる手助けができたら。
そう思って、私なりに情報を集め、相手のペースを尊重し、言葉を選び、日々を積み上げてきた。

だけど、知らず知らずのうちに、私は自分を後回しにし続けていた。
感情を抑え、我慢し、相手の機嫌に合わせる。
「怒らせないように」「余計なことを言わないように」と心の中でブレーキばかり踏み続ける。
気づけば、自分が何を感じているのかさえ分からなくなった。

ある日、私は気づいた。
朝起きて顔を洗うことも、食事を作ることもできない。
ただ、布団の中で天井を見つめるしかできなかった。
涙も出なかった。ただ、何も感じなかった。

病院で医師に「うつ病です」と言われたとき、ほっとした自分がいた。
やっぱり私は弱いんだ、という自己否定と同時に、「そうか、これは病気なんだ」と少し救われる思いもあった。
だけど、診断を受けた瞬間から、別の悩みが始まった。
「どうすれば早く治るのか」
「この状態をいつまで耐えなきゃいけないのか」
そんな焦りが、静かに私を追い詰めていく。

うつ病になると、思考のスピードが極端に落ちる。
頭だけが「何とかしなきゃ」と叫ぶのに、体も心もまるで動かない。
以前なら普通にできていた家事や仕事、会話さえも重くのしかかる。
「こんな自分で生きている意味があるのだろうか」と考えてしまう瞬間が増えていった。

カサンドラ症候群――。
初めてその言葉を知ったのは、インターネットで「発達障害の家族対応」について調べていたときだった。
「相手を支えたい」という一心で努力していた人たちが、次第に疲弊し、心を消耗していく。
まるで私そのもののようだった。

私は、決して彼を責めたいわけではない。
ただ、日々の中で「理解してもらえない」感覚が積み重なっていった。
どんなに言葉を尽くしても、「そんなこと気にするな」と返される。
私が泣いても、「それはあなたの問題だよ」と突き放される。
そうして、私の心は静かに削られていった。

やがて、自分が「無理をして笑っている」ことにも気づけなくなった。
周囲から見れば、私は懸命に献身している「優しい人」に見えたかもしれない。
でもその実態は、自分の感情を押し殺してでも他人を優先する「習慣」だった。
気力が尽きたとき、ようやく分かった。
これは、優しさではなく、限界だったんだ、と。

うつの症状が出始めてからというもの、時間の流れが曖昧になった。
朝と夜の境目がぼやけ、眠っても疲れが取れない。
そんな日々の中でも、「早く治したい」という思いが頭から離れない。
誰かに迷惑をかけていることが怖い。
何もできない自分を許せない。
それでも体は言うことをきかない。

「休むことも治療の一部ですよ」と医師は言った。
でも、「休む」ということがこんなにも難しいなんて、思ってもみなかった。
休むたびに、罪悪感がのしかかる。
「こんなことしている場合じゃない」「動けるようにならなきゃ」と、自分を責めてしまう。

そして気づく。
私は「早く治したい」という願いの中で、自分をさらに傷つけている。
焦ることで、休むことを拒み、結果的に回復を遠ざけている。
頭では分かっていても、心がそれを許さない。

ある夜、息ができなくなるほどの不安発作が襲ってきた。
胸の奥から何かが込み上げ、世界が音を失った。
「もう消えてしまいたい」
そんな思いが一瞬よぎったとき、涙が止まらなくなった。
その瞬間、私はようやく気づいた。
「これは本当に助けを求めていいサインなんだ」と。

助けを求めることは、負けではない。
でも、そう自分に言い聞かせるまでには、あまりにも時間がかかった。
自分が支える側だと思っていたのに、いつの間にか支えが必要な側になっていた。
悔しかった。情けなかった。
けれど、その痛みの中に、ほんの少しだけ「人間らしさ」を取り戻したような気がした。

ありがとうございます。
前編の続きとして、後編(約3500字)を作成しました。
後編では、「焦り」から抜け出し、「うつ病を早く治したい」という呪縛をほどく過程を描いています。
カサンドラ症候群に苦しむ人が、ゆっくりと「自分を取り戻す」希望が見えるような内容です。

うつ病を早く治したい――

そう思う日々が、何よりも私を苦しめていたことに、ようやく気づいた。


ここまでも書いたように、焦る気持ちは切実だ。
動けない時間が増えると、罪悪感が心を締めつける。
周囲の時間は流れているのに、自分だけが取り残されたような気がして、息が詰まる。

けれど、あるとき私はふと疑問に思った。
「私は、何を“治そう”としているのだろう?」
うつ病という症状そのものか。
それとも、「支えなければ」という生き方、そのものか。

うつ病を治すことばかりを目的にしていると、ますます自分が見えなくなる。
治すとは、何のためなのか。
再びサポートを完璧にこなせるようになるため?
誰かの理解者として頑張れる自分に戻るため?
でも、それがまた、カサンドラのような苦しみを呼び戻すのではないか。

心の奥からそんな声が聞こえた。
それは、壊れそうになってからようやく出てきた、自分自身の声だった。

私はここで初めて、自分を守るための「距離」というものを考えるようになった。
相手の特性に合わせようと頑張るあまり、私は自分の感情を閉じこめてきた。
「理解してあげたい」「支えになりたい」――その気持ちは、決して間違いではない。
けれど、そこに「自分の限界を見ないふりをする」という負荷が混ざると、心はすぐに悲鳴を上げる。

医師やカウンセラーに言われた言葉の中で、印象に残っているものがある。
「治すよりも、回復していくという感覚を大切にしてください。」
その違いが、最初はわからなかった。
けれど少しずつ、その意味が分かってきた。

治す、という言葉の裏には、「元のように戻る」ことが前提としてある。
けれど、うつを経験した私には、もう“元の私”はいない。
無理をして頑張っていたあの頃の私に戻ることは、決して回復ではない。
むしろ、あの頃の生き方こそが、私を壊した原因の一つだった。

回復とは、新しい生き方を見つけ直すこと。
焦らず、ゆっくり、自分の速度を取り戻すこと。
人のために動く前に、自分の呼吸に耳を傾けること。
そう気づいたとき、少しだけ体が軽くなった気がした。

私は、うつ病が完全に治る未来を今は想像していない。
でも、「今日を生き延びた」それだけで、小さな回復だと思うようにしている。
洗濯物がたためた日、歯を磨けた日、テレビをつけて笑えた日。
そんな小さな瞬間を「できた」と言葉にすると、心が少しずつ温度を取り戻す。

そして最近、私はようやく理解した。
「支える」という行為には、必ず“自分を支える力”が必要だということを。
誰かを理解するには、まず自分を理解していなければならない。
自分が壊れそうなときに無理をしても、相手に届く優しさにはならない。
「あなたのために」という言葉の奥に、どれほどの自分犠牲があるのか――それを、私はもう繰り返したくない。

今も、相手との関係が楽になるわけではない。
相手の特性が変わることもない。
ただ、自分が「そこにい続ける」かどうかを、以前よりも意識できるようになった。
無理を感じたら一歩引く。
心が乱れたら、話すよりもまず黙る。
距離を取ることは、拒絶ではなく、自分を守るための呼吸だと思うようになった。

焦りも、不安も、今も完全には消えていない。
でも、それでいいのかもしれない。
「早く治したい」という願いを手放したとき、ようやく私は少し休むことができた。
焦らなければ、回復は自分の中で静かに進んでいく。
目立たないけれど、確かに変化はある。

先日、昼下がりのカフェで一人時間を過ごした。
ただコーヒーを飲むだけだったけれど、その瞬間に心が静まった。
「あ、私はこういう時間が好きだったな」と思い出した。
いつからか、心の中の「好き」という感覚がすっかり鈍っていたのだ。
その小さな温かさに触れた瞬間、体が少し緩んだ。
それは、回復のサインのようにも感じた。

そして今、私は「うつ病を早く治すために」というタイトルを、少し違う意味で受け止めている。
それは、「焦ることをやめる勇気を持つ」ということ。
「治すために急がない」ことそのものが、結果的に回復を早める道なのかもしれない。

うつ病になって見えたものは、痛みと同じくらい、やさしさでもあった。
自分の弱さを受け入れた分だけ、他人の苦しみにも敏感になれる。
以前よりも、もう少し静かに、もう少し深く人と関われる。
それは、カサンドラを経験した人にしか分からない感覚かもしれない。

私が言いたいのは、焦りながらも、あなたは決して一人ではないということ。
支える人が壊れそうになったとき、その痛みを理解できる人は確かに存在する。
その存在を見つけるまで、どうか生きていてほしい。
治そうとしなくても、あなたの中の何かはちゃんと回復していく。
それを信じて、今日一日を生き延びよう。

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